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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)12号 判決 1985年1月31日

原告 公望聡史 外一名

被告 東京都知事 東京都建築主事

主文

原告らの各訴えはいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一原告らの請求の趣旨

1  被告東京都知事(以下「被告知事」という。)が、昭和五八年九月三〇日付で建築主株式会社虎玄に対してした建築基準法四八条五項但し書の規定に基づく許可(以下「本件許可」という。)を取り消す。

2  被告東京都建築主事(以下「被告主事」という。)が、昭和五九年一月一一日付で建築主株式会社虎玄に対してした建築の確認(以下「本件確認」という。)を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二被告らの本案前の答弁

主文同旨

第三被告らの本案に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第四原告らの請求の原因

一  本件許可及び本件確認の存在並びに審査請求

1  株式会社虎玄は、東京都港区元赤坂一丁目五番八号の敷地に別紙「工事概要」記載のビル(以下「本件ビル」という。)を建築しようとしている。

2  右敷地は建築基準法二条二一号、四八条五項にいわゆる商業地域内にあり、本件ビルは建築基準法別表第二(ほ)二号に該当する工場を内蔵する。

3  被告知事は、昭和五八年九月三〇日付で右工場につき本件許可をした。

4  原告らは、右許可のあつたことを同年一〇月七日に知つたので、東京都建築審査会に対し同年一一月四日右許可を取り消す裁決を求める旨の審査請求をした。

5  被告主事は、昭和五九年一月一一日付で本件ビルにつき、本件確認をした。

二  本訴の訴訟要件の存在

1  (審査請求の前置)

本件許可に対する前項4の審査請求については、三か月を経過しても裁決がない。

原告らは、本件確認のあつたことを同年二月一日に知つたが、右確認については審査請求を経ていない。その理由は、次のとおりである。

(一) 行政事件訴訟法(以下「行政法」という。)八条二項二号所定の事由がある。

すなわち、同号にいう「著しい損害」とは、本件の場合、原告らにではなく、建築主に生ずることがあるべきものであるところ、本件確認について審査請求をすれば、裁決が遅延するのは目に見えている(本件許可に対する前記審査請求について、東京都建築審査会は、先行する案件が累積しているとの理由で、三か月を経過しても会議に付議さえしていないのである。)。

もし、裁決の結果が原告に有利なものである場合、建築主は大きなビルの設計変更を余儀なくされるばかりでなく、工場立地計画の再検討を迫られるであろう。また裁決までの間建築主は不確実な立場におかれるのであつて、これらの事情によれば、本件については、裁決を経ていては建築主に「著しい損害」が生ずるものとして、行訴法八条二項二号所定の事由がある。

(二) 行訴法八条二項三号所定の事由がある。

すなわち、仮に本件許可のみが行政訴訟で争われ、本件確認は審査請求で争われたとした場合、行政訴訟の判決と審査会の裁決とが論理的に両立しない結果となる可能性がある。その場合混乱を生ずることは明らかであるから、本件許可につき裁判所に提訴した以上、本件確認もこれと同一の手続で審理されることが合理的である。その意味で本訴請求には行訴法八条二項三号所定の「正当な事由」がある。

2  (原告らの原告適格)

(1) 建築基準法四八条五項但し書の趣旨

建築基準法による建築物の用途地域規制は、実質的には、建築主と近隣の住民及び不動産所有者との間の利害関係の調整を主要な目的の一つとしている。換言すれば、同法は望ましくない建築物によつて近隣の住民及び不動産所有者の利益が侵害されないように法的な保護を与えているのである。したがつて、違法と考えられる建築物によつて利益(生活上の利益と商業上の利益とを問わない。)を侵害される立場にある近隣の住民及び不動産所有者は、違法な建築許可処分または建築確認処分につき行政訴訟を提起する原告適格がある。

同法四八条五項但し書の許可は、その性質上、都市計画という公益目的を実現するための行政処分ではなく、都市計画上望ましくないとして原則的に禁止されていることを特定の建築主の利益のために例外的に認めようという行政処分なのであるから、その処分の違法性を争う住民の利益は当該建築主の利益と同じ次元で考慮されなければならない。同条九項が「但し書許可」をするについては、「その許可に利害関係を有する者の出頭を求めて公開による聴聞を行い、かつ、建築審査会の同意を得なければならない。」と規定しているのは、右のような趣旨から住民の利益を手続的に保障するための規定であると解される。

建設省住宅局長から各特定行政庁にあてた「用途地域等の決定と建築行政について」と題する通達(昭和四七年一〇月二五日、住街発第八五号)は、「例外許可制度の運用方針の整備」の項において、「建築基準法四八条一項から八項までの規定に基づく許可に当たつては、許可対象建築物について都市全体から見た場合の立地の妥当性及び近隣の環境条件又は利便性への影響を検討することが必要である」とし、「前者」及び「後者」についてそれぞれ「許可基準」又は「環境条件に関する基準」を定めるよう努めるべき旨を指示している。この「後者」は住民の利益を考慮したものと解される(なお、東京都はこの「基準」を定めることなく、個別審査している。)。

また、もし本件「但し書許可」処分が都市計画の実現を図るものにほかならないのであるならば、東京都知事の決裁を得るまでの段階では、都市計画を担当する部課が本件を処理する実務に当たるのが当然である。しかるに、本件の実務担当は建築関係の部課であつて、都市計画担当の部課は合議にさえあずかつていない。そうすると、右許可の運用は、都市計画の観点からではなく、建築主と住民との利益衡量という観点からなされていることになる。

更に、同法四八条五項但し書の規定は、商業の利便を害する「おそれ」がない場合としているのであつて、商業の利便を「現に」害していない場合に限定してはいないから、その「おそれ」がある者は、右但し書処分につき行政訴訟を提起する原告適格がある。

(2) 原告公望聡史の原告適格

原告公望聡史(以下「原告公望」という。)は、本件ビル敷地の西側隣接地の借地権者で、同地上に洋式二階建の住宅を所有し、これに居住している。

工場を内蔵する本件ビルは、右原告所有の建物から僅か一メートル以下の距離しか置かずに建築される予定となつているから、これが建築され、工場が稼働した場合には、生菓子の製造工場ということから、騒音、悪臭、廃棄物、運搬車両の排気ガスによる環境悪化を避けることができない。

このことは現在の工場の経験からみても明らかである。また、本件ビルは延面積一万平方メートルを超え、配送場を含むから、工場以外の部門に出入する車両の排気ガスによる環境汚染や、近隣の狭い道路の交通混雑も予想される。このようにして原告の生活上の利益が侵害されることは明らかである。

また、原告公望は、右建物を譲渡し、賃貸し又はホテルや事務所として使うなど商業的に利用することも可能であるが、本件ビルが建設されると、右の建物の譲渡、賃貸又は商業的利用が困難となる。このように困難となることは、「商業の利便」を害されるおそれがあることに当たる。よつて、同原告には、本件許可及び本件確認を争う原告適格がある。

(3) 原告中央不動産株式会社の原告適格

原告中央不動産株式会社(以下「原告会社」という。)は、右原告公望が借地している土地の所有者であつて、不動産の売買及び賃貸並びに飲食店経営を営業目的とする株式会社である。

右土地の隣りに本件ビルができると、同原告は次のような形で商業上の利便を害され、利益を侵害される。

<1> 現在の借地権者である原告公望との関係で、その借地契約上不利な立場に立たされる。

<2> 同原告との借地関係解消後に別の借地人をみつけるについて不利な影響を蒙る。

<3> 原告会社自らこの土地を(あるいは近隣の土地をも含めて)再開発して商業的に利用できる機会が著しくせばめられる。

<4> この土地を売却するにつき不利を生ずる。

よつて、同原告には、本件許可及び本件確認を争う原告適格がある。

3  請求の趣旨1及び2の各訴えの関連について

本件においては、但し書許可があつたので建築確認が可能となり、確認によつて本件ビルの建築が可能となり、その建築によつて原告らがその利益を侵害されるという因果関係があり、本件確認については、本件許可がこれをなすべきでないのに許可していることを含んでいる限りにおいて違法だと主張しているのであつて、その他の点例えば建築技術上の諸基準に合致しているかどうかなどということを問題にしているのではない。したがつて、請求の趣旨1及び2の訴えは、形式上二つであるが、実体は一つなのであるから、本案前の審理においても両者を一つのものとして取扱うべきである。

三  本件許可の違法性

1  本件工場は同法四八条五項の規定により原則として商業地域内に建築してはならないこととされている。一方、同法五二条及び五三条の容積率及び建ぺい率の基準によれば、本件ビルのような大きさの建物を商業地域以外の用途地域に建築することができない。

2  本件のような工場兼用の大ビルの建設を認めることは、商業地域に密集化と工場公害とを同時に強いることとなり、都市計画法の理念及びそれを受けた建築基準法による用途地域規制の理念に反する結果となる。よつて、本件のような事案については、そもそも同法四八条五項但し書の規定は適用されるべきではなかつた。したがつて、本件許可は違法であるか又は裁量権を踰越してなされたものである。

3  仮に本件のような事案についても同項但し書の規定が適用されうるとしても、次の理由により、本件処分については裁量権の濫用があつた。

すなわち、本件工場は商業の利便を害するおそれがあり、かつ、公益上やむを得ないとも認められないし、東京都においては従来から同項但し書許可は極めて制限的に運用されてきていて、昭和五一年から五六年に至る六年間についてみても、右許可の件数は六件に過ぎず、しかもそのうち民間工場は三件だけあつて、本件のような大きなビルに内蔵された工場が許可された例はないのである。

四  本件確認の違法性

本件ビルが右のとおり違法な工場を内蔵する限りにおいて、本件確認は違法である。

五  結論

よつて、原告らは、請求の趣旨のとおりの裁判を求める。

第五被告両名の本案前答弁の理由

一  審査請求経由の省略について

原告らには、本件確認について、行訴法八条二項二、三号所定の事由がないから、本件確認の取消しの訴えは、同法八条一項但し書、建築基準法九六条及び九四条一項により、不適法である。その理由は、次のとおりである。

1  行訴法八条二項二号所定の事由がない。

行訴法八条二項二号にいう「著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」とは、審査請求を提起した場合、その提起の日から三か月を経過すれば、裁決の有無にかかわらず訴えを提起することができるから、その三か月の猶予も許さないほどの著しい損害を生ずるおそれのある場合をいうものと解すべきである。

本件の場合、本件ビルの敷地には、現在、鉄筋コンクリート四階建の株式会社虎屋東京工場が存在し稼働中であり、本件ビルの建築に着手するには、まず、右工場を収去することが必要である。したがつて、このこと一つをとつてみても本件の場合は、三か月の猶予も許さないほど著しい損害を生ずるおそれのある場合に該当しない。

なお、抗告訴訟が民事訴訟と同様に原告自身の権利救済を目的とする制度である以上、右二号に規定する「損害」とは、原告について発生する損害でなければならないのは当然のことであつて、原告らのこの点に関する主張は失当である。

2  行訴法八条二項三号所定の事由がない。

一般に行政訴訟の判決と審査庁の裁決とが異なることはあり得ることであり、このような場合に混乱を生ずるということは当を得ないものであつて、仮に混乱を生ずるからといつてこのことをもつて本件確認処分についての審査請求を経ないことについて「正当な事由」があるとはいえない。

二  原告適格の不存在について

1  建築基準法四八条五項但し書の趣旨

建築基準法四八条に規定する各用途地域内における建築規制は、都市計画法一〇条を受けて、同法に基づく用途地域における建物その他の工作物の建築について用途の面から制限を課し、特定行政庁をして行政権の行使を制約しているものである。

したがつて、右の規制は、都市計画法九条に基づき定められた各用途地域の目的を具体的に実現し、ひいては同法一条の定める「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする」都市計画の実現を図るものにほかならず、公益の実現・保護のため、行政権の行使に制約を加えているものであつて、用途地域内住民個人の利益を直接保護する趣旨で定めたものではない。もちろん、各用途地域内の住民が建築基準法の右建築規制による整序された都市において良好な環境を享受するという利益を持つとしても、これは建築基準法四八条の建築規制が前述のような公益の実現・保護を目的として機能する結果受ける反射的利益に過ぎないものである。

仮にそうでないとしても、建築基準法四八条五項本文が商業地域内において一定の建築物の建築を規制しているのは、商業地域が主として商業その他の業務の利便を増進するため定められた地域である(都市計画法九条五項)ところから、商業地域内において、主として商業の利便性にとつて支障となる建築物についてその建築を規制し、地域設定の目的を達成させるためである。

そこで、建築基準法四八条五項但し書により特定行政庁が商業の利便を害するおそれがないと認めてなした建築物に係る建築許可について、これの取消しを求めうる者は、当該許可処分によつて現実に商業の利便を害されるおそれがある立場におかれている者であり、しかもここでいう商業の利便を害されるおそれとは、抽象的なそれではなくして、例えば建築許可された建築物が建築されることによつて、当該建築物により悪臭、振動等が発生し、当該建築物の発生する悪臭、振動等の害により、現実に当該建築物の存する地域の商業の利便が害されるおそれが生ずることとなるというように、具体的に商業の利便が害されるおそれがあることが必要である、と解すべきである。

次に、同法四八条九項が「但し書許可」をなす場合において、あらかじめ利害関係を有する者の出頭を求めて公開による聴聞を行う趣旨は、「但し書許可」が同条各項本文の原則的な建築制限を解除する性格を有することにかんがみ、特定行政庁の判断に慎重を期し許可の要件を加重したものである。したがつて、右聴聞は、特定行政庁が「但し書許可」をなす場合の前提要件たるにとどまるのであり、同条九項は、特定行政庁の行政権の行使に制約を加えているものであつて、用途地域内住民個人の利益を直接保護する趣旨で定めたものではない。

2  原告公望に原告適格のないことについて

原告公望が主張するところの商業の利便を享受する利益については、建築基準法あるいは都市計画法等関係法令において、具体的に個人にとつて保護されるべき利益として規定されているところではなく、右利益は、前述したとおり、建築基準法四八条五項に規定する商業地域内における建築規制が商業地域設定の目的を実現し、ひいては都市計画そのものの目的の実現を図るという、公益の実現・保護を目的として機能する結果受ける反射的利益に過ぎないものである。

したがつて、本件許可処分については第三者である原告公望は、法律上保護された利益を本件許可処分によつて侵害された者ということを得ず、右処分の取消しを求める訴えの原告適格を有するものではない。

仮にそうでないとしても、原告公望は、現在、その所有する建物を自己の住宅として使用しているというのであり、本件許可処分によつて具体的に商業の利便を害される立場にある者ではない。

また、仮に、同原告がその所有する建物をその主張のような各用途に現実に利用したとしても、そのことから本件許可処分に係る建築物によつて直ちに、同原告に商業の利便を具体的に害されるおそれが生ずるものでもないのである。すなわち、同原告がその所有建物を現在の居住用建物からその主張の各用途に変更したことによつて、直ちに同原告が商業の利便を害される立場に変わるものでもないのである。

更に、本件確認に係る建築物は、同原告居住の建物の東側に建築されるものであり、右建物の南側には空地があり、かつ右建物の南側と西側近くには、建築物が存在しないのであるから、本件確認処分に係る建築物自体によつて直接同原告の日照、通風を妨げるものではない。

また、本件確認に係る建築物は鉄骨鉄筋コンクリート造りであつて、この建築物の火災又は倒壊によつて同原告の住居が類焼又は損壊する危険があるとは認められないのである。

したがつて、同原告には本件許可又は本件確認の取消しを求める原告適格はない。

3  原告会社に原告適格のないことについて

原告会社は本件ビルの敷地の西側隣接地の所有者である旨を主張する。仮にそうであるとしても、同原告は本件許可により何らその所有権に侵害を受けるものではない。また、本件許可に係る建築物によつて同原告が被ると主張する<1>ないし<4>の不利益が仮にそのとおり発生するとしても、原告公望について述べたのと同様の理由により、本件許可処分については、第三者である原告会社は法律上保護された利益を本件許可によつて侵害されたものではないから、右処分の取消しを求める訴えの原告適格を有しない。

仮にそうでないとしても、右の不利益は、同原告所有の土地の所有権の行使に影響を受けるというに過ぎず、商業の利便を害されるおそれがある場合に当たるものではない。更に、原告会社は、本件土地に居住するものではないから、前記日照、通風などの環境上の被害を蒙るおそれがあるとは、認められない。よつて、同原告には本件許可又は本件確認の取消しを求める原告適格はない。

第六原告らの請求原因事実に対する認否

一  請求原因一1のうち、東京都港区元赤坂一丁目五番八号は、本件ビルの敷地にある現在の建物の住居表示番号であり、別紙「工事概要」記載中「建築主株式会社虎屋」は否認する。同4のうち、原告らが本件許可のあつたことを知つた日は知らない。その余の請求原因一の事実は認める。

二  請求原因二1のうち、その主張の審査請求について三か月経過しても裁決のないことは認め、その余の二項記載の事実は不知。主張は争う。

三  請求原因三1の事実中、本件工場が建築基準法四八条五項により原則として商業地域内に建築してはならないこととされていることは認め、同3の事実中、東京都において同法四八条五項但し書の許可が極めて制限的に運用されてきているとの点は否認し、昭和五一年から五六年に至る間に六件許可され、民間工場はそのうち三件であり、本件ビルのような大きなビルに内蔵された工場が許可された例はないとの点は認める(もつとも、許可の対象である作業場の床面積に関しては、六件中四件が本件作業場床面積を超えている。)。その余の三項記載の事実・主張は争う。

四  請求原因四の主張は争う。

第七証拠<省略>

理由

一  本件確認の取消しを求める訴えの審査請求の経由の省略について

原告らが本件確認の取消しを求める請求の趣旨2の訴えについては、建築基準法九六条、九四条一項により、審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起することができないものとされているところ、原告らが審査請求を経由していないことはその自認するところである。

この点について、原告らは、まず、審査請求をしても裁決が遅延することが目に見えており、遅延すれば建築主に著しい損害が生ずるから、本件には行訴法八条二項二号の事由があると主張する。しかし、同項二号の著しい損害とは原告らについてその発生の有無を判断すべきものであるうえ、同項一号によれば、審査請求をした日から三か月を経過しても裁決がないときには、裁決を経ないで処分の取消しの訴えを提起することができるものとされているのであるから、右の三か月の期間を待つことができないほど緊急性があることについてなんらの証拠もない本件においては、裁決の遅延することが目に見えているからといつて、同項二号の「著しい損害を避けるため緊急の必要がある」ということはできない。原告らの右主張は理由がない。

次に、原告らは、本件確認について審査請求をすると、その裁決が本件許可についての行政訴訟の判決と矛盾する結果が生じる可能性があるから、本件には行訴法八条二項三号の正当な理由があると主張する。しかし、本件許可と本件確認とは別個の行政処分であるから、たとえ本件許可について行政訴訟が係属し、本件確認について審査請求がされて、行政訴訟の判決と審査請求の判決とが相矛盾する結果となるおそれがあるとしても、これをもつて、本件確認について審査請求を経由しない正当な理由があるとすることができないことは明らかである。原告らの右主張は理由がない。

なお、原告らは、本訴において、本件確認の違法事由として本件許可が違法であることのみを主張しているから、本件許可の取消しを求める訴えと本件確認の取消しを求める訴えは、本案前の審理においても一つのものとして取り扱うべきであると主張する。しかし、行政訴訟においては、当該処分の違法性一般が訴訟の対象となるものであるから、原告らが自ら違法事由の主張を制限し、本件確認の違法事由として本件許可が違法であることのみを主張しているからといつて、本件許可の取消しの訴えと本件確認の取消しの訴えを一つのものとして取り扱うべきものとすることはできない。この点に関する原告の主張も、また理由がない。

もつとも、原告らの右主張は、仮に本件確認について審査請求をしたとしても、その違法事由として本件許可が違法であることのみを主張するから、これに対する裁決は、本件許可に対する審査請求の裁決とその結論を同じくすることになるものというべきであり、したがつて、本件許可に対する審査請求のほかに本件確認に対する審査請求を要求することは無意味であり、その趣旨で行訴法八条二項三号にいう正当な理由があると主張するものと解されないではない。しかしながら、審査請求においても、前記の行政訴訟の場合と同様に、処分の違法性一般が不服申立の対象となるものというべきであるから、原告らにおいて自ら違法事由の主張を制限し、本件確認の違法事由として本件許可が違法であることのみを主張したからといつて、当然に、本件確認に対する審査請求の裁決が本件許可に対する審査請求の裁決とその結論を同じくすることになるものということはできない。のみならず、原告らは、本件許可についても、これに対して審査請求はしたものの、三か月の期間が経過しても裁決がないことを理由に本訴を提起し、右審査請求に対する裁決はこれを得ていないのであるから、裁決庁の審査請求に対する態度はいまだもつて不明であるというべきであり、このような場合、原告らとしては、本件確認についても審査請求をし、その後三か月を経過しても裁決がなかつた場合に訴えを提起するという方法をとるべきであつたと考えられる。このようなことに、本件許可と本件確認が処分庁を異にする全く別個の行政処分であることをあわせ考えるときは、本件許可について審査請求をしたことは、本件確認について審査請求を経由しないことの正当な理由となりえないものと解するのが相当である。原告らの主張は、理由がない。

そうすると、原告らの請求の趣旨2の訴えについては、審査請求に対する裁決を経ないで訴えを提起することにつき、行訴法八条二項各号所定の事由のあることを認めることができないから、右訴えは建築基準法九六条、九四条一項に反し、不適法であるといわなければならない。

二  本件許可の取消しを求める訴えに関する原告らの原告適格について

建築基準法四八条五項但し書の許可は、商業地域内において原則として禁止された建築物の建築について、特定行政庁が商業の利便を害するおそれがないと認めたときにされるものであるから(本件は、公益上やむを得ないと認めて許可された場合ではないから、以下この要件については除く。)、その許可をするかどうかの判断をする場合に考慮するのは、当該建築物の建築が当該地域において商業の利便を害するおそれがあるかどうかという点であることは明らかである。そして、特定の建築物が建築されることによつて商業の利便が害されるおそれの生ずるのは、主としてその建物の周囲の、ある程度限られた範囲に所在する建物において現に商業を営んでいる者であるのが通常であるから、特定行政庁は、右の許可をするかどうかを決定する場合には、主として、右範囲に所在する建物において現に商業を営む者について、当該建築物の建築によつてその商業の利便が害されるおそれがあるかどうかを判断してこれを決すべきものと考えられる。そうすると、同法四八条五項但し書の許可については、右の範囲(それが具体的にどの程度であるかは、当該建築物の規模、事業内容、従前の地域の特質、既存の商業を営む者の営業内容等諸般の事情によつて決せられよう。)内にある建物において現に商業を営んでいる者は、その取消しを求める法律上の利益を有するものといわなければならない。

しかるに、本件において、原告公望は、本件ビルの建築が予定された土地の隣地にある建物に単に居住しているに過ぎず、同建物において商業を営んでいるものではないことは、同原告の自認するところである。同原告は、将来その居住する建物を譲渡し、賃貸し又はホテルや事務所として使うなど商業的に利用することも可能であると主張するが、このような将来商業を営む可能性があるというにとどまる場合は、本件ビルの建築によつてなんら現実にその商業上の利便を害されるおそれが生じるものでないことは明らかであるから、同原告は、本件許可を争う原告適格を有しないものというべきである。

なお、同原告は、本件ビルによつて居住者の生活上の利益が侵害されると主張するが、しかし、同法四八条五項但し書の許可について、このような生活上の利益が保護の対象となつているものではないことは、例えば近隣商業地域における同条四項但し書の規定と対比してみても明らかであつて、右事由によつて同原告の原告適格を認めることはできない。

次に、原告会社についても、同原告は原告公望の居住する建物の敷地を賃貸している者に過ぎず、同所において現実に商業を営んでいる者ではない以上、同原告と同一の理由で本件許可を争う原告適格を有しないというべきである。

そうすると、原告らの請求の趣旨1の訴えについては、原告らに原告適格があることを認めることができないから、右訴えは行訴法九条の要件を欠き、不適法であるといわなければならない。

三  結論

よつて、原告らの本件各訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 中込秀樹 小磯武男)

別紙<省略>

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